ミツバチが街を行く ダイハツ・ビー(1951年式)

ミツバチが街を行く ダイハツ・ビー(1951年式)

 

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現存数わずか3台といわれるダイハツ・ビー。

そのうちの1台が45年ぶりに完全実動状態となり、車検を取得した。絶滅種を救ったのは市井の愛好家・宮山紀生さん。

メーカーですらなし得なかったこの快挙を支えたのは、三輪車への熱き想いと執念にほかならない。

 

優しき〝三輪の鬼〟

茨城県某所──

昭和20年代の町並みを再現したオープンセットに、崔洋一監督の号令が拡声器を通して響いた。〝テスト〟〝本番テスト〟と10数回のリハーサルを繰り返し、いよいよ迎えた本当の本番。緊張に身をこごめる俳優、スタッフ。だが、彼らが注視したのは初老のエキストラが、今まさに蹴り降ろさんとする半長靴の踵だった。その一瞬、男の靴底に〝魂〟が込められることを、皆は知っていた。

男はハンドル手元の電気進角位置を確認し、単気筒サイドバルブ766㏄エンジンのキックペダルを踏み降ろした。ズババンッ。腑はらわたに滲みる野太い爆音とともに、昭和25年製三輪トラック、オリエント号が目を覚ました。「焼鳥屋の軒先ギリギリを突っ切るように」……崔監督の指示通り、スロットルを一気に開け猛然と走り出す……。

 

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「緊張しましたヨ。私が失敗すれば何百人というスタッフに迷惑がかかる。オマケに監督は『役者がいてもよけるな。ちゃんと演技でかわすから』なんて言う。でも楽しかったですね」

2日間の〝三輪車ロケ〟を無事に終えた宮山紀生さんは、いつもの温厚な笑みを浮かべた。

映画『血と骨』(原作・梁石日、監督・崔洋一、主演・ビートたけし)は戦後の激動期を生きた破天荒な人物の一代記である。その舞台のひとつ、昭和20 〜30年代のシーンで不可欠なのがバーハンドルの三輪トラックだ。

制作会社は本誌編集部を通じて何人かの愛好家に打診。まず茨城県の吉原一郎さんが愛車くろがね号を貸してくださることとなったが、1台では足りない。

そこで世話好きの私は、昭和26年製ダイハツ号SKをお持ちの宮山さんに相談してみた。すると宮山さんは「ああいいですよ」と軽く応じてくださったばかりか、「で、何台いるんです?」。

結局、宮山さんはダイハツ号、オリエント号、くろがね号(昭和30年)、オースチン8(昭和9年)の計4台を撮影現場に提供。

超希少車・オリエント号は自らハンドルを握ったが、ダイハツ、くろがね、オースチン8の運転は現場スタッフに任せた。

「慣れれば誰でも運転できる状態に整備してありますから」。旧車野郎の真骨頂である。

宮山さんは埼玉県で整備業を営んでいる。その奥のガレージには15年がかりで集め、直した三輪車が並んでいる。しかし彼が名うての三輪マニアであることは、あまり知られていない。むしろ雑誌『オールドタイマー』読者には、本誌67号「中古品プレゼント」のオースチン10に50枚の手書きハガキで応募した方、と言ったほうが通りがいい。


 

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とまれ、まずはこの青い不思議な自動車から紹介しよう。旧車、それも三輪車を愛してやまぬ宮山さんが2年前に三重の愛好家から譲り受け、仕事の合間にコツコツと修理してきたダイハツ・ビーである。

現存数3台、実動車ゼロというこの昭和26年製の絶滅危惧種を、宮山さんは持ち前の執念で自走できるまでに仕上げ、今春、車検を取得したのだ。

数々の三輪車を再生してきた宮山さんにとっても、これは一大事業だった。部品も資料もない。しかもビーには、これまで誰も直せなかった持病があった。


 

サイドビュー

優美なサイドビュー。全長4080×全幅1480×全高1440㎜で当時の小型車としてはかなり大柄。ホイールベースは2400㎜と長く、小型車らしからぬ乗り心地である。6穴締めのリヤホイールハブはトラック並みに大きく頑丈。


 

PCAは後期型

このPCAは後期型で、前期型に比べボンネットフード上面の盛り上がり、

ライトまわりパネルの曲面が緩やか。バンパー上のウインカーは非オリジナル。本来はフェンダー側面から腕木が飛び出す。


 

1951

ムダのないスタイリング。本来、バンパー上のウインカーはなく、ナンバー灯兼用のストップランプがあるのみ。3月の車検で得た「1951」はもちろんビーの生年を意味する。


 

水平対向2気筒OHV-530㏄

宮山さんの手により甦ったビーの心臓、水平対向2気筒OHV 530㏄エンジン(800㏄仕様もあった)。

左上がドライサンプのオイルタンク。クランクセンターの突起がオイルポンプで、その上にギヤ駆動のダイナモが付く。

シリンダーには遮熱板を追加。アマルキャブのフロートチャンバーをSUに替え、エアクリーナーを英国二輪車用にした。


 

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このステアリングホイール、メーカー向けの汎用品か? 計器は左から油圧、速度、電流。


 

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かつて前オーナーが、ビーをよく知る内装職人に依頼した室内。タクシー用に作られたクルマだけに、前席は簡素だがリヤシートは豪華。


 

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エンジンオーバーホールを手伝い、キャブの改良を手がけた知人の長谷川衛孝さん。



 

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10数年前、宮山さんを三輪道楽に引きずり込んだオバケ。三井精機工場で使われていたオリエント号の三輪消防車。再生ののち手放した。


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読者の二木隆さんが編集部に送ってくださった昭和26年9月10日付け朝日新聞広告コピー。


 

 

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