三輪のマツダT600とT600バキュームカー

三輪のマツダT600とT600バキュームカー

 

そのクルマは、いきなりイベント会場に現れた。これは勝負にならない。

どんなスーパーカーもレア車も、このクルマの前では無力だ。

T600衛生車。誰もバキュームカーに文句は言えない!

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マツダT600とT600バキュームカー

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T600はミゼットの対抗馬としてマツダが世に送ったK360の小型トラック版。エンジンは356㏄から566㏄に、積載量は300㎏から500㎏になった。ホイールも12インチから13インチに大径化。本来、T600のリヤフェンダーはこのように流麗なブリスタータイプが付き、T600衛生車初期標準仕様(TEA55E型)でも残されていたようだが、のちに現車のように簡素化されたようだ。

 

 

あの香りが懐かしくて

旧車雑誌があまり扱わないクルマがある。霊柩車と衛生車=バキュームカーだ。しかしバン/ワゴン車の究極は霊柩車に違いないし、トラック架装車のそれはバキュームカーになるだろう。この2台は、もうそれ以上にマニア的な深化が望めないほどの極北である。人とクルマの関係性から見ても、両車は終局的な部分で働くクルマ。無いと困る、ありがたくも尊い存在なのだ。

とはいえ、面と向かって「霊柩車を持つことが夢です」とか、「バキュームカーが大好きです」と言う人はあまりいない……と思ったら、いた。埼玉県在住の三輪トラック愛好家、岡田一男さんである。本誌でも何度か登場いただいている筋金入りの三輪マニアで、過去にコレクションのホープスターSUやヂャイアント号、みずしまTM5F型などを紹介させていただいた。これでもう打ち止めかと思いきや、ついにマツダT600のバキュームカーを手にれたらしい。

今回は彼の旧車仲間である館野隆司さん(1964年式マツダK360)、若林重徳さん(’65年式マツダB360)にも集まっていただき、皆でじっくりと岡田さんのバキュームカーを堪能することとなった。残念ながら後述する経緯があって、このT600には耳かきほどの糞尿も残っていない。しかし岡田さんが奮闘努力して仕立てた当事物のホース、バケツ、テニスボールなどが、いやがうえにもあの香りを、空気感を想起させてくれる。

岡田さんがT600衛生車を手に入れたのは2年ほど前。とある愛好家がバラバラの状態で持っていたもの譲り受け、組み上げた。この車両のルーツを探って見ると、関西方面で使われていたことがわかった。衛生車として奉職したのち、大手化学工場にて構内作業車として第二の人生を歩んだようだ。

工場ではカーボンのような粉塵をタンクに積んで運んでいたようだが、詳細は不明。ただしバキュームポンプ操作レバーの表示が塗り潰されていて、何かを吸い上げていた様子は無い。

恐る恐るタンク(アルミ製で容量500ℓ)の中を覗いて見たものの、過去の片鱗を示すモノは何も残っていなかった。

「真空ポンプも修理して、水を吸い上げられるようにしたかったんですが、タンクの腐食がひどいのでやめました」

洒落のキツい岡田さんだから、リアルな吸い上げデモを予定していたのかもしれない……。

 

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岡田さんの愛車、マツダT600衛生車。ボディ、フレーム、エンジンなどがバラバラの状態で譲り受け、やっと昨年の春先にカタチにして動かせるように整備した。ベージュとグリーンのボディカラーはバキュームカーを引退したあと奉公した某大手化学工場で塗られたものだろう。

背後にアルミ製タンク(500ℓ)を積む。バキュームカーとして使えるように(?)真空ポンプなども修理したが、タンクにピンホールが無数にあったため諦めた。現在、農耕車として登録している。白いナンバーは撮影用。

 

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弟分のK360と同じく、OHV空冷V型2気筒エンジン(EA型)はミッドマウントされる。ただしこちらのエンジンは566㏄でK360の356㏄エンジン(BA型)の倍近いパワーを誇る(20ps)。

「とにかく部品が無いでしょ。腐ってたエキゾーストパイプは一部を水道管で繋いでます」(岡田さん)。

熱で白く変色している。

タンク後部にあとから貼ったこのステッカーは、自作品ではない由緒ただしきホンモノ。

 

T600が選ばれた理由

我々が幼少時から知っているバキュームカーはもっぱら四輪トラックのほうで、三輪トラックベースとなるとかなり時代を遡ることになる。

日本で実用的なバキュームカーが生まれたのは終戦後まもなくの昭和20年代半ばと言われる。日本に進駐したGHQが都市部に置かれた肥こえおけ桶とそれを運ぶリヤカーの姿に驚き、その排除を厚生省(当時)に命令。国は研究機関を設けて「し尿汲み取り車」を開発した。くろがね三輪トラックの後端部にトレーラータイプの真空タンク車を牽引したものだった。

その〝試作車〟は当初、東京と大阪で使われる予定だったが、実用に耐えるものではなく不採用となった。それを神奈川県川崎市が引き取り、同市清掃課と品川の特殊車両メーカー・犬塚製作所が協同で〝バキュームカー〟として実用化。

現在の衛生車の原型になったという。

その後、バキュームカーのベース車はオート三輪から四輪トラックになっていくものの、住宅密集地や山岳地では小まわりの利く三輪車が活躍した。

高度経済成長で都市部の人口密集が加速する一方、下水道事業はそれに追い付けない。しかし戦前からある密集住宅地の路地などには大きな衛生車では入っていけない。

マツダT600衛生車はその特異さゆえにに根強い需要があった。軽三輪並みのコンパクトな車体に、その倍近い出力のエンジン。商店の一般使用ではさしてメリットのないこのスペックが、狭きょうあい隘道路をまわる衛生車として適任だったので

ある(ダイハツ三輪にはこの中間クラスのラインアップが無かった)。T600衛生車は、日本の繁栄を見届けた最後の三輪バキュームカーだった。マツダ車らしさが詰まってる。

岡田さんはもともとダイハツ・ミゼットが原点と言う趣味人。マツダの軽・小型三輪は専門外だったのだが、バキュームカー愛があまりに強く、このT600衛生車を手に入れた。前述したように前オーナーの手でバラバラにされた車体はフレーム、エンジン、ボディパネルが東京と茨城に分散して保管されていた。それらを集めて組み直したのだから、その苦労が想像できる。「整備書も持っていないので、とにかく部品を磨いて組み上げていくだけです。仲間のケサブロー(K360の愛称)を見ながらね」。

 

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「昭和のバキュームカーが好き」という岡田さんは、ホース、バケツ、ブラシなど欠品していた装備品を補っている。「ホースは本当はもっと長くてタンクにグルグルと巻き付いてるんです。バケツは某所で長年使われていたもの」。なお、下の写真と比較するとわかるが、T600はK360よりホールベースが長く、タイヤ径は13インチとなる。


 

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バキュームポンプの操作レバーと真空計。レバーの作動位置を示すステッカーが塗りつぶされていることから、このカラーリングが化学工場で施されたと推察できる。


 

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糞尿の塩分か化学工場のガスのためか、サビが出ている室内。運転席のフロアはほぼ抜けている。


 

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こちらは岡田さんの友人・館野隆司さんが愛用する‘64年式マツダK360。すでに30年以上所有しているので、新車時のオーナーより長く乗っていることになる。

 

 

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